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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)67号 判決 1984年11月28日

原告 深井友男

被告 会計検査院

代理人 野崎彌純 古谷和彦 ほか五名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五七年一〇月二二日付でした昭和五四年一一月一日の現金封筒亡失に関し弁償の責任がある旨の検定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、郵政職員であつて、小石川郵便局郵便課に勤務し、昭和五四年八月二八日同課窓口事務を担当する切手類売さばき主任を命ぜられて当該事務に従事していた者である。

2  原告は、同年一一月一日同局において発生した現金封筒亡失事故に関し、昭和五七年一〇月二二日付で被告から、亡失した二〇円の現金封筒二万四八〇〇枚この売りさばき価額四九万六〇〇〇円のうち、歳入に納付された二四万八〇〇〇円及び昭和五七年一〇月一八日までに弁償された一五万円を除き九万八〇〇〇円について、なお弁償の責任がある旨の検定(以下「本件検定」という。)を受けた。

3  しかしながら、原告には右事故に関し物品管理法三一条にいう「故意又は重大な過失」がないから、右検定は違法である。

4  よつて、原告は本件検定の取消しを求める。

二  請求原因事実に対する認否及び被告の主張

1  (請求原因事実に対する認否)請求原因1及び2記載の事実は認め、同3の主張は争う。

2  (現金封筒の管理)現金封筒は郵政省設置法(昭和五八年法律第七八号、第八二号による改正前)四条一七号(改正後の同法五条一六号)の規定により郵政省において調整して売りさばく封筒であり、郵政事業特別会計規程(昭和四六年三月一七日公達一〇)一〇編二条にいう切手類中郵便葉書類の一として、物品管理法二条の物品に該当する。

その管理は、物品管理法及び郵政事業特別会計規程上、切手類管理官(切手類に関する事務を取り扱う物品管理官、同代理(同物品管理官代理)、分任切手類管理官(同分任物品管理官)、同代理(同分任物品管理官代理)及びこれらの補助者により行われる。郵政事業特別会計規程一〇編四条により、切手類管理官には大臣官房資材部長が、同管理官代理には大臣官房資材部購買課長が、分任切手類管理官には分任局長等が、同管理官代理には次長等がそれぞれ官職によつて指定されている。小石川郵便局における分任切手類管理官は同郵便局長・同管理官代理は同郵便局次長である。

3  (原告の職務上の地位)原告は、昭和四四年一〇月一日郵政事務官に任命され、小石川郵便局職員として勤務し、原告主張の日から売りさばき主任(郵政事業特別会計規程一〇編五条)を命ぜられて分任切手類管理官の補助者(物品管理法三一条一項七号の物品管理職員)として同郵便局窓口において切手類の売りさばき等の事務に従事していた。

4  (現金封筒の亡失の経緯)

(一) 郵政省は、従来の規格様式を改正し大型化した現金封筒を昭和五四年九月一〇日から価格二〇円で発売したが、従来の現金封筒についても右期日以降同年一一月三〇日まではなお従前通りの価格一〇円で売りさばいていた。

(二) 原告は、昭和五四年一一月一日午前一〇時三〇分ころ四番窓口で執務中、一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚の売渡請求を受け、代金として二四万八〇〇〇円を受領した。手元に現品がなかつたので、原告は、局内電話で同郵便局庶務会計課車輛係の郵政事務官関塚康臣に「現金封筒二万四八〇〇枚」の仮出しを請求した。

仮出しとは、一時に多額の切手類の需要がある場合等窓口常備額をもつてはその需要に応じ難い場合に、分任切手類管理官が郵政事業特別会計規程一〇編二七条に基づき窓口切手類仮出簿に必要事項を記載して売りさばき主任の受領印を徴したうえ、所要の切手類を同主任に交付する手続である。

同事務官は、一〇円の現金封筒の在庫が一万枚くらいしかないことを知つていたので、二〇円の現金封筒をもつて右仮出請求に応ずることとし、窓口切手類仮出簿に「二〇円現金封筒二万四八〇〇」と記入し、右仮出簿を切手係の郵政事務官高橋好に渡した。同事務官は、切手倉庫に保管中の二〇円の現金封筒一二〇〇枚入りダンボール包装二〇個、同六〇〇枚入り包装紙包装一封包及び同一〇〇枚入り包装紙包装二封包合計二万四八〇〇枚の現金封筒を二台の局内運搬車に積み、郵便課の一番窓口わきに運び、原告に「現金封筒を持つて来ました。」と声をかけた。すると引受事務の窓口である三番窓口で執務していた郵政事務官鈴木力雄と四番窓口で執務していた原告が右運搬車のところに来て現金封筒の数量を確認した。その後、売渡請求者に引き渡すため、まず鈴木事務官が一台の運搬車を公衆室へ運び、次いで原告が他の一台を公衆室へ運んだが、原告は、鈴木事務官から四番窓口で売りさばき事務を続けるように言われ、自席へ戻つた。原告は、数名の顧客に切手類を売りさばいたのち、高橋事務官から提示された前記窓口切手類仮出簿に受領印を押捺した。

右のとおり、原告のもとに運ばれてきた現金封筒は二〇円のものであつたのに、原告は、一〇円の現金封筒が運ばれてきたものと軽信しその種類の確認をしなかつたため、二〇円の現金封筒であることに気付かずこれが売渡請求者に交付されたことにより二〇円の現金封筒二万四八〇〇枚を亡失したものである。

5  (原告の重大な過失)

(一) 前記のとおり本件亡失当時は一〇円と二〇円の現金封筒が同時に売りさばかれていた時期であつたから、二〇円の現金封筒を入れてあるダンボール包装及び包装紙包装には、一〇円の現金封筒との区別を明瞭にするため、「<新>」「売りさばき開始日注意」の表示が朱書されていた。「<新>」の表示の大きさは、ダンボール包装については直径九〇ミリメートル、包装紙包装については直径一七ミリメートルである。したがつて、一〇円の現金封筒の包装と、二〇円の現金封筒の包装との区別は誠に一見明瞭であつた。

(二) 切手類の売りさばき主任は、物品管理職員として、切手類の授受に当たつてはその適正を期するため、その都度切手類の種類、数量を確認した上で受渡しをすべきものであり、これは最も基本的な注意義務として要請されるところである。右注意義務は郵便局内部の授受である仮出しの場合においても遵守されるべきものであるが、ことに切手類を顧客に売り渡す場合には、その種類、数量の誤りは直接国に対する損害を生ぜしめるおそれがあるため、一層厳守されなければならないところである。したがつて、原告としては、本件のように同時に二種類の現金封筒が売りさばかれている時期には、仮出しの請求に当たつてどのような呼称を用いて現金封筒を請求したかにかかわらず、仮出しされた現金封筒を顧客に売り渡すに際しては、それが売り渡されるべき種類の現金封筒であるか否かを改めて確認すべき注意義務がある。物品管理法三一条一項、会計検査院法三二条二項にいう「重大な過失」とは、物品管理職員に一般に要求される程度の相当な注意をしなくとも、わずかの注意さえすればたやすく違法な結果を予見することができる場合であるのに、漫然これを見すごしたような著しい注意欠如の状態を指すところ、本件の場合においては、右のとおり亡失にかかる現金封筒が一〇円の現金封筒ではなく二〇円の現金封筒であつたことは包装上一見して明瞭であつたのであるから、漫然これを看過した原告には重大な過失があるというべきである。

6  (本件検定の適法性)本件における現金封筒の売渡しは、売渡請求者の「一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚」の売渡しの申込みに対し原告がこれを承諾して行われたものであるから、売買契約自体は「一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚」について成立したのであり、原告は右契約の履行として一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚を引き渡すべきところ、誤つて売買契約の目的物でない二〇円の現金封筒を引き渡した。したがつて、原告は二〇円の現金封筒二万四八〇〇枚をその重大な過失により亡失したのである。しかしながら、原告は本件亡失当時一〇円の現金封筒の代金として二四万八〇〇〇円を受領し、これは歳入に納付されたので、国が実質上被つた損害は二四万八〇〇〇円であり、これが原告の弁償を要する金額であるところ、検定前に原告から一部弁償がなされているため、被告は本件検定をなしたもので、本件検定に違法はない。

7  (原告の主張に対する反論)仮に鈴木事務官が原告に対し窓口事務処理を続けるよう言つたことがあるとしても、それは運ばれてきた現金封筒の数量や代金の受領の確認を終えた後、運搬車を顧客のもとに運んでゆく段階においてである。郵便局組織規程(昭和二五年二月一日公達九号)二四条三項によれば主任は、上司の指揮を受け従業員を指導することとされているが、仮に鈴木事務官の右の指示が右条項にいう指導に当たるとしても、同事務官は原告が運搬行為をしなくてもよいという趣旨で右指導をしたに過ぎない。このことは、現金封筒の数量等の確認行為は物品管理職員として行うべき本質的な業務内容であるうえ、時間的にはごく短期間で処理し得る作業であるのに対し、顧客のもとへの運搬行為は特段の注意義務の要求される作業ではないうえ、相当の時間を要するものであるから窓口に他の顧客を待たせたままで行うことは必ずしも妥当でないことからみて当然のことといえよう。また、当日鈴木事務官は三番窓口で郵便の引受事務を、原告は四番窓口で切手類の売りさばき事務をそれぞれ行うよう命ぜられていたのであるから、同日分任切手類管理官の補助者としての地位にあつた者は原告であり、鈴木事務官が自らの意思で原告の右地位そのものを引き受けることはあり得ないのである。したがつて、たとえ郵便局組織規程上の主任の地位にある鈴木事務官が原告の事務について何らかの援助を行つたとしても、それは単に郵便窓口の一職員として業務遂行のため共助をしたにすぎないのであつて、分任切手類管理官の補助者としての原告の責任に何らの消長を来たすものではないのである。

三  被告主張事実に対する認否及び原告の主張

1  (被告主張事実に対する認否)

被告主張2、3及び4(一)の事実同(二)の事実中原告が昭和五四年一一月一日午前一〇時三〇分ころ四番窓口で執務中一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚の売渡請求を受け、代金として二四万八〇〇〇円を受領したこと、原告は手元に現品がなかつたので、庶務会計課の関塚康臣事務官に電話で現金封筒二万四八〇〇枚の仮出しを請求したこと(但し、後記のとおり原告はその際特に「一〇円」の現金封筒と指定している。)右関塚は、一〇円の現金封筒の在庫が一万枚くらいしかなかつたこと(後に判明したところによれば一万三〇〇〇枚であつた)を知つていたので、二〇円の現金封筒をもつて仮出し請求に応ずることとし、その結果二〇円の現金封筒が届けられることになつたこと、右現金封筒は切手係高橋好が二台の局内運搬車で郵便課窓口係事務室の入口附近まで運んできたこと、その際原告が窓口を立つていつたこと、原告は鈴木事務官から窓口の仕事を続けるよう指示されて窓口に戻つたこと、原告は高橋事務官から窓口切手類仮出簿に押印を求められて受領印を押捺したこと及び誤つて二〇円の現金封筒が売渡請求者に交付されたこと並びに5(一)の事実中二〇円の現金封筒一〇〇枚入りの包装紙に「<新>」「売りさばき開始日注意」の表示が朱書されていたこと及び「<新>」の表示の大きさは直径一七ミリメートル程度であつて、右包装紙の場合近くで見さえすれば区別が明瞭であつたことは認め、4(二)の事実中原告が鈴木力雄と共に運搬者のところに来て現金封筒の数量を確認し、運搬車の一台を公衆室へ運んだことは否認し、5(一)の事実中ダンボール包装及び六〇〇枚入り包装紙包装の場合の表示並びに新旧両包装の区別がダンボール包装及び六〇〇枚入り包装紙包装の場合に明瞭であつたことは不知(原告は本件以前にダンボール包装及び六〇〇枚入り包装紙包装を見たことがなかつた。)。

5(二)の一般論は認めるが、その結論及び6は争う。

2  (現金封筒亡失の経緯について)原告は、庶務会計課に「一〇円」の現金封筒と特に指定して仮出しを請求した(仮に特に「一〇円」と断らなかつたとしても、仮出し請求の電話では一〇円の現金封筒は単に「現金封筒」、二〇円のものは「マルシンの現金封筒」と呼んでその区別を明らかにするという申合わせが、同局の郵便課と庶務会計課との間で行われていたところ、原告は単に「現金封筒」と指定したのであるから、一〇円のものを指定したこととなる。仮にそのような申合わせがなかつたとしても、従前一〇円のものが発売されていて新たに二〇円の現金封筒がこれと同時に発売されることとなつた場合には特に二〇円の方と指定しない限り一〇円の方と考えるのが常識である。)のに、担当の関塚康臣は勝手にこれを「二〇円」の現金封筒に変更し、しかもそのことについて何ら連絡しなかつたため、原告は当然「一〇円」のものが届けられたと信じて疑わなかつたのである。折悪しく、原告の担当している四番窓口には、四、五人の客が並んで順番を待つていたので、書留受付の三番窓口担当で、手の空いていた郵便課主任鈴木力雄が、右運搬車の傍へ行つて現金封筒の数量を確認したうえ、高橋好から引渡を受けて一台の運搬車を公衆室で待つていた客の方へ押していつた。そこで原告はやりかけの窓口事務を急いで終えると残りの客三、四名を待たせたまま、残された一台の運搬車の方へ歩み寄つたのであるが、公衆室にいた鈴木主任から「深井君窓口の仕事を続けなさい。」と指示されたので、直属の上司である鈴木主任の業務指示に従つて仮出し現金封筒のことは鈴木主任の処理に任せ、原告自身は窓口に戻つて切手類売さばきの事務を続けた。そして原告の後ろで窓口の客のとぎれるのを待つていた前記高橋から仮出簿に受領印を求められた時には、一〇円の現金封筒の仮出し請求に対して、黙つて二〇円のものが届けられたとは夢にも思わず、また数量を鈴木主任が確認したうえで、客に交付しているので誤りはないものと確信し、原告が電話で仮出し請求したとおりの現物を受領したという意味で受領印を押捺したのである。

3  (原告の過失について)原告は切手類売さばき事務を含む郵便課窓口係を担当するようになつてまだ日が浅く現金封筒のダンボール包装や六〇〇枚入り包装紙包装は、二〇円のものはもとより一〇円のものもそれまで一度も見たことがなかつた。そして、前記のとおり、仮出しの現金封筒が届けられた時には四番窓口が混んでいたため鈴木主任が自ら現金封筒の受取りと客への交付を引受け、原告が四番窓口の処理に一区切りつけて現金封筒の交付にとりかかろうとしたときにも、これを制止して窓口事務処理を続けるよう指示した。そこで、原告は直ちにその指示に従つて窓口に戻り、その結果仮出し現金封筒の受取りと客への交付は、数量の確認を含め、原告の直属上司でベテランである鈴木主任が専ら行い、原告はただ仮出簿に受領印を押捺するに止つたのである。このような事情で原告は仮出し現金封筒の現物を間近でよく見る機会がなくて二〇円の現金封筒の包装に施されていたという注意表示に気づかなかつたのであるから、鈴木主任が二〇円の現金封筒を一〇円のものと誤信して受取り、客に交付したことについては、鈴木主任自身の過失の有無は問題となり得ても、原告の過失は重過失のみならず、軽過失も認める理由がないと言わなければならない(なお鈴木主任の過失も重大な過失に当たらない。)。被告は、右被告の行為につき、単に郵便窓口の一職員として業務遂行のため共助をしたに過ぎないのであつて、分任切手類管理官としての原告の責任に何らの消長を来すものではないと主張するが、必要があつて共助共援が行われた本件の場合に原告に弁償責任を帰するためには、原告自身に重大な過失が認められなければならないのであつて、共助共援者の行為については本来の担当者が当然に責任を負い、担当者本人の具体的な過失を問題とする余地はないというような見解は、物品管理職員の責任を無過失責任とするものであつて、法律の明文に反する。のみならず、本件の場合、鈴木の本件行為は、同僚職員の「共助共援」というよりもむしろ主任の立場で部下の従業員に対して行つた指導というべきものではないかと考えられるのである。また、原告は、仮出簿に「二〇円」の記載があつたのにこれに気付かず、受領印を押捺している。しかし小石川局のような電話による仮出し請求が行われている例は他局に見当たらないところ、小石川局の場合仮出簿の記載は電話請求を受けた切手係が行うものであるから、売さばき主任としては仮出簿に受領印を押捺するに当たつては、電話による請求の内容と現物との一致を確めれば足り、仮出簿の記載が電話請求のとおりなされているかどうかを確める注意義務を負うべき理由はない。そして、現物が電話請求の内容と一致する限り仮出簿の記載内容に注意を払うことなく受領印を押捺しても何ら非難されるべき筋合はないといわなければならない。本件の場合、原告が届けられた現物を電話で仮出し請求したとおりの現金封筒であると思い込むのも無理からぬ事情があつたことは前記のとおりであるから、原告が仮出簿の記載に注意を払うことなく、受領印を押捺したことが少くとも重大な過失に当たらないことは明らかである。

4  (本件検定の違法性について)以上述べたとおり、原告が二〇円の現金封筒を一〇円のものと誤信しその誤りに気付かなかつたことには重大な過失は認められないのであるから、これを重大な過失に当るものと認めて原告に弁償の責任ありとした本件検定は、物品管理法三一条一項七号の規定に違反するものとして取消しを免れない。なお、本件の場合、原告の弁償責任が問題となる国の損害の額は、現金封筒の代金四九万六〇〇〇円と実際に代金として受領した二四万八〇〇〇円との差額であつて、現金封筒の価額四九万六〇〇〇円ではなく、また、物品管理職員の弁償責任に関する被告の検定は、同職員の行為によつて生じた国の損害につき同職員に弁償責任があるかどうかをその後の暫定弁償の有無と関係なしに認定するものであつて、検定時における弁償責任の存否及び金額を認定するものではないにもかかわらず、本件検定は、国の損害の額を現金封筒の価額とし、かつ、検定時における弁償責任の存否及び金額を認定しており、違法である。

第三証拠 <略>

理由

一  (当事者間に争いのない事実)請求原因1及び2の事実、被告の主張2、3及び4(一)の事実、同(二)の事実中原告が昭和五四年一一月一日午前一〇時三〇分ころ小石川郵便局四番窓口で執務中一〇円の現金封筒二万四八〇〇枚の売渡請求を受け、代金として二四万八〇〇〇円を受領したこと、原告は手元に現品がなかつたので、庶務会計課の関塚康臣に電話で現金封筒二万四八〇〇枚の仮出しを請求したこと、右関塚は一〇円の現金封筒の在庫が一万枚くらいしかなかつたことを知つていたので二〇円の現金封筒をもつて仮出請求に応ずることとし、その結果二〇円の現金封筒が届けられることになつたこと、この現金封筒は、切手係高橋好事務官が二台の局内運搬車で郵便課窓口係事務室の入口付近まで運んできたこと、その際原告が窓口を立つていつたこと、原告は鈴木事務官から窓口の仕事を続けるよう指示されて窓口に戻つたこと、原告は高橋事務官から窓口切手類仮出簿に押印を求められて受領印を押捺したこと及び誤つて二〇円の現金封筒が売渡請求者に交付されたこと並びに同5(一)の事実中二〇円の現金封筒一〇〇枚入りの包装紙に「<新>」「売りさばき開始日注意」の表示が朱書されていたこと及び「<新>」の表示の大きさは直径一七ミリメートル程度であつて右包装紙の場合近くで見さえすれば区別が明瞭であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  (原告による現金封筒枚数確認の有無)ところで、本件当日、高橋好事務官は、前記のとおり、二台の局内運搬車に本件現金封筒をのせて郵便課窓口係事務室の入口付近まで運んできたのであるが、その際、原告が自ら本件現金封筒の数量を確認したかどうかについては、原・被告間で争いがあり、証拠上も、確認したという<証拠略>と、確認せず鈴木主任がこれを行つたという<証拠略>との対立があるので、まず、この点について検討するに、(1)本件事故のあつた日の五日後に原告が自ら記載した始末書(<証拠略>)には、原告が、数を「マイカーに搭載されている箱のまま」確認し、鈴木主任に手伝つてもらつてお客様に引き渡した旨が記載されていること(原告は、本人尋問において、右文書は田村郵便課長が口で言つたものを石井副課長が筆記し、それを原告が写して書いたものなので正確でない旨を供述するが、数量の確認を誰が行つたかという事故責任の確定にとつて重要な点につき原告が課長に事実と異つたことを言つたとか、事実と異つた文章を原告がそのまま容認したとかということ自体通常ありえないことであるうえ、右課長がことさら原告に責任をかぶせなければならないような理由も見当たらず、更に、<証拠略>によれば、郵便課長や庶務会計課長は、一〇円と二〇円の現金封筒の呼称の区別についての当時の申合わせは知らなかつたというのに、始末書にはこのことも記載してあつて、むしろ原告の言うとおり書かれたものと推認されることなどからすれば、かかる原告本人の供述部分は到底これを採用することができない。)、(2)<証拠略>は、本件については、単に本件現金封筒を積載した運搬車を運び、受領印を貰つただけであつて、事故について責任を問われるような行為を何らしておらず、その意味で客観的な第三者ということができるのに対し、<証拠略>は、現金封筒の数量の確認や客への受け渡しに或程度関与していて、多少なりとも責任を問われるべき点がないわけではなく、純粋の第三者といえない立場にあること、(3)<証拠略>によれば、鈴木主任は原告と確たる打合せもせず、特に原告からの依頼もないのに自発的に枚数を確認しに行つたことになるのであるが、<証拠略>によれば当日四番窓口において売さばき事務を担当し、現金や切手類等の授受につき分任物品管理官の補助者としての責任を負つていたのは原告であつて、鈴木主任は郵便の引受け事務を担当していたに過ぎなかつたのであるから、いかに原告の担当した窓口が繁忙であり共助共援の必要があつたからといつて、数十万円にのぼる現金封筒の数の確認を鈴木主任が進んで責任者たる原告の関与を全く排除して一人で行い、原告は単に受領印に押捺しただけであるというようなルーズな事務処理が現実になされたものとは考えにくいのみならず、郵便局の窓口においては、いかに客が立て混んでいるからといつて、担当係官が寸秒も席を立てないなどということのないことは経験上明らかであるところ、本件の現金封筒の数量の確認は、鈴木主任の助力を得ればそれ程の時間を要するとは考えられないのであるから、原告は高橋好事務官から現金封筒の到着を知らされて鈴木主任と共に数量の確認を行つていると考えるのが自然であること、以上の諸点からすれば、<証拠略>は信用性が高く、これを措信することができるものというべきであり、他方、<証拠略>これに反する部分は措信することができないものといわなければならない。

三  (原告の責任)

(一)  前項で述べたとおり、<証拠略>によれば、原告は、高橋事務官が運搬車を押して窓口事務室内に至り「現金封筒二万四八〇〇持つてきた。」と言つたので鈴木主任と共に運搬車の所まで来て数量を確認したことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は措信しない。また、<証拠略>によれば、当時右二台の運搬車にはそれぞれ高さ二〇・五センチメートル、縦五〇センチメートル、横二六センチメートルの長細い現金封筒一二〇〇枚入りダンボール包装が一段に二箱ずつ、一段ごとにその上段又は下段と直角になるように並べられて五段(一〇箱)積まれており、うち一台の運搬車には、最上段のダンボール箱の上に現金封筒六〇〇枚入り包装紙包装一つ、現金封筒一〇〇枚入り包装紙包装二つ(二段に積まれていた。)が積まれていたこと、右ダンボール包装の面積の広い方の側面の両側には、朱でかなり大きく「<新>」と、また緑で「現金封筒、1200枚」と印刷されており、運搬車に右のとおり積載された状態においては、この印刷文字は直ちに眼に触れること、右ダンボール包装の上面の一端には朱で「売りさばき開始日注意」と印刷されており、この文字も右運搬車の近くまで行き積まれたダンボールの上部を見れば容易に眼に入ること、現金封筒六〇〇枚入り包装紙包装には朱で「<新>」「売りさばき開始日注意」と印刷されたラベルが貼付されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、本件現金封筒の一〇〇枚入り包装紙包装には「<新>」「売りさばき開始日注意」の表示が朱書されていて近くで見さえすれば区別が明瞭であつたことは、前記のとおり当事者間に争いのないところである。更に、<証拠略>によれば、少くとも当時小石川郵便局の郵便課の一部担当官の間には、一〇円の現金封筒「現金封筒」と、二〇円の現金封筒は「マルシン(<新>)」と呼ぶという申合わせがあつたことが認められ、証人関塚康臣、同滝沢実の証言は右認定に反するものとはいえず、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  一般に、窓口において切手類売りさばきの任に当たつている郵便局職員は、物品管理職員として、切手類を交付し現金等を受けとる都度、切手類の種類、数量を確認し、受けとつた現金等の額と一致しているかどうかを確認する注意義務を負つていることは、いうまでもないところである。

本件当時においては、金額の異なる二種類の現金封筒が同時に売りさばかれていたのであるから、現金封筒の売渡請求を受けた担当者は、特にこの点に留意して、いずれの種類であるかを確認したうえ、当該種類の現金封筒を確実に交付すべき義務があることもまた多言を要しないところである。しかるに本件において、原告は、仮出しの請求の際「現金封筒」と言い、申し合せによる一〇円の封筒の指定をしたことをもつて事足れりとし、当然指示のとおりの封筒が運ばれてくるものと軽信して、以後ついに運ばれてきた封筒が二〇円のものであることに気付くことがなかつたのである。なるほど、前記争いのない事実のとおり、仮出し請求を受けた関塚事務官は、それがいずれの現金封筒についてであるのかを原告に確認しないまま在庫数についての知識から二〇円についてのものと即断したのであつて、同人にもこの点において責められるべきところがないとはいえないが、このような間違いも、窓口係担当者がその本来なすべき確認義務を確実に履行してさえおれば容易に是正されたはずである。

それに加え、本件においては、前示のとおり、現金封筒が収められたダンボール包装等には朱色で「<新>」又は「売りさばき開始日注意」とかなり大きく明瞭に印刷されていて、ダンボール包装等を数えて数量の確認をする者はいうまでもなく、単にダンボール包装に目を遣つた者であつても右の記載が当然に眼に触れることは明らかであり、また、申合わせによれば「<新>」とは二〇円の現金封筒を意味することになつていたのであるから、多少なりとも注意力を保持している者であれば、このようなダンボール包装等の記載に気付き、その表示の意味するところに思い至つて、少くともダンボール包装の内容物について疑念を抱くこととなるのは当然のことと考えられる。しかるに原告は、かかる表示を眼にしながら、その意味するところについて何の注意も払わなかつたというのであるから、かかる著しい注意力の欠如は原告のような切手類の売りさばき事務を担当する物品管理官については、これを物品管理法三一条一項にいう「重大な過失」と評価せざるを得ないというべきである。

四  (本件検定の適法性)以上によれば、本件現金封筒の紛失事故に関し原告に重大な過失があるとして被告のした本件検定には、原告主張のような違法はないものといわなければならない(なお、本件事故においては、売渡請求の対象でなかつた二〇円の現金封筒二万四八〇〇枚が誤つて交付されて紛失したのであるから、国の被つた損害の額は四九万六〇〇〇円であるところ、売渡請求者から二四万八〇〇〇円が納入され、かつ、原告から一部弁償がなされているため、本件検定のような主文となつたものであつて、この点について同検定に誤りはない。)。

五  (結論)よつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

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